非正規社員が望んだキャリアの末路

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こんにちわ、JobHopper Mysteryです。厳しい寒さが続いていますね。今回は、私が20代にブラック企業を経験した事を記事にしていきたいと思います。

当時、私は非正規社員として低賃金激務に悩む状態にありました。世間の景気も芳しくなく、就職戦線は暗い状態でした。そんな中、年齢20代も中盤に差し掛かり、正社員を目指そうと焦りながら日々過ごしていました。

※僕は早く気づくことができましたが、派遣社員、契約社員、パート等における非正規社員の頑張りの多くは報われません正社員にしてやるとか正社員に登用するといった制度はほとんど形骸化していること。

このときすでに僕は、貴重な新卒カードを派遣会社へ使ってしまっていたことを痛感しつつ、それでも僕はシステムエンジニアという【手に職】を目指すべくあがこうと思いっていました。


○やっと掴んだ正社員!?


それまで正社員を目指そうと活動をしてはいたのですが、非正規社員としての経験というのはまず評価され無い!ことに焦りを感じていました。そんな時、求人をあさっているとJASDAQに上場したばかりの製造メーカーが第二新卒枠で人材を募集している事を知り、応募することにしました。

採用試験はトントン拍子で採用まで進んでいきました。(今考えるとどんな人でも欲しかったと思いますね・・)最終面接のときにも強くシステムエンジニアとしてのキャリアを積んでいきたいと主張しました。先方も快く受け入れてくれ、この会社いい会社じゃないかと感じていました。内定が出された後、そこで出された条件は、「引っ越し」が可能なこと、理由は開発拠点が神奈川県にあり、当時千葉県に住んでいた私は、少しだけ迷いましたが、キャリアを積めると信じて疑わなかった為、この条件を受け入れました。

その後、すぐに転居を済ませました。転居というのは大変な労力、しかもお金も結構かかるので大変なのですが、やっと正社員!しかも今までのキャリアも無駄にならない、理想とするキャリアを描けると考えていたため、あまり苦労を感じた記憶はありませんでした。

入社日当日を迎え、無事配属先である、開発部へ配属されます。


○はじめの3ヶ月


入社後、3ヶ月は試用期間です。技術職ということでまずは製造部門、生産管理部門、事務部門など各部門への理解と交流と深めてもらういうことで各2週間ずつ経験させてもらいました。こういったことは今まで会社側からやってもらったことすら無いですから、とても嬉しく感じました。しかしその過程で良からぬ噂を聞き、不安を覚えることになります。


○いきなりの転勤、ついに追い込まれてしまった!


離職率が半端ではないということらしい・・・自分は理想のキャリアを描く為に多少の事には屈しないぞ、半ば他人事と思いながらも、少し不安を感じてはいました。何故かと言うとこの他部署交流期間の短い間にすら、続々と社員が辞めていくのです。耐性が無いんだろうとしか考えてはいませんでしたが、今思い返せば異常だったんでしょうね。

試用期間も終わりを迎え、さていよいよ本当にシステムエンジニアとしてのキャリアが始まるぞ!と迎えた配属面接の日、私は絶望します。

「カスタマーサポート部門へ行ってくれ」、「はい?」と私は答えます。「何故でしょう?開発職として採用された筈ですが?」、「人員の離職による補充だ」、上司はそう答えます。

もちろんゴネました。しかし社長の一存で決まったとの事で何を言っても無駄な様子でした。更に追い打ちがありました。勤務先は東京だったのです。なんと転居前の千葉から通勤は可能な距離でした。私が一体何をしたのか、このためにしてきた事が無駄だったのかと頭の中は真っ白です。しかしながら蓄えもなくなっており、離職はできない、完全に手詰まりの状況に追い込まれてしまったのです。


○また転勤!?


カスタマーサポートに配属され半年、勤務時間はおよそ1日13時間程でしょうか日常的なクレーム対応も辛く、かつ何らキャリアに繋がる可能性もないまま、いまで言うとうつ状態と言うものになりかけていたのかもしれません。

そんな時、また上司に呼ばれます。「離職者が出たので、製造部門へ異動してほしい、社長の一存だから」と。もう私はシステムエンジニアになりたいです!と言う気も起きず、「わかりました」と言って了承しました。唯一の好材料は神奈川が配属なので、通勤が楽になるということでした。このわずか半年の時点で神奈川→東京→神奈川と勤務地が変わっています。ブラック企業(職場)に耐性が無かった私はもうヘロヘロです。

製造部門へ配属された私は、製造オペレータとして日々を過ごします。ここでも一日13時間程平均で働いたでしょうか?日々4hから5hほどの残業時間でしょうか?正直よく覚えていません。ここは年俸制といういわゆるみなし残業です。時給換算したとしたら恐ろしいこと担っていたと思います。ブラックですよね。しかしながらお金よりももっと辛いのはキャリアを描けなかった事、不満というより絶望感が身体を支配していくようでした。


○その後


その後、職種転換など無く一定の安定(笑)を数年働きましたが、結局システムエンジニアになれず、製造オペレータを最後にこの企業でのキャリアを終えました。開発部門でも離職者が相次ぎ、補充枠はあった筈ですがそこに私が充当される事は無かったのです。それどころか違う人材が登用され入社してきたようです。

辞職を心に決めた頃、私は、システムエンジニアへの憧れを諦めることができなかったのと、この企業への不信感が募り、周囲全てが信用ならなくなっていました。辞意を伝えた日に、上司はこう言いました「我慢が足らないお前は、社長もガッカリしてる、精々次頑張れよ」、下を向き、この方は私の悩みを知っていたはずですが、とうとう辞める事を選択した人間に対しこのような言葉を吐けるのか?まだ我慢が足らなかったのか。自問したような気がしますが、この職場から開放される開放感の方が強くむしろ清々しい形で退職したことを覚えています。


○まとめ


ブラック企業(職場)の特徴的な事として、袋小路に追い込むということです。長時間勤務により体力や精神力を奪い考える事をやめさせる。短期間での選択を迫る。資金的な余裕を奪う。など様々な手で追い込みを掛けてくる事です。

私のここでの失敗は

1.上場企業で在るにも関わらず、高離職率を把握できなかった事

2.ワンマン社長支配で在るにも関わらず、採用試験段階で感じ取れなかった事

3.資金的な余力を残さなかった事

4.会社のことを信じすぎた事

1,2は特に採用前に把握出来る事為、もっとも傷が浅く済みます。(この辺の見極めについてはブラック企業鑑定方法で記事を記載していきたいと思います)ブラック企業であると感じたらすぐに退散すべきです。余力があればやり直せます。世の中労働者の人生に責任を持たなすぎる企業が多すぎです。みなさんブラック企業のアミに絶対に引っかからないように、こんな企業に入らなければほっとけば潰れていきます、みんなでブラック企業を駆逐しよう!

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